2018年9月14日金曜日

メガネのぼく

今となっては顔の一部と化している僕のメガネだが、かけ始めたのは中学校一年生の時だった。

さほど気にするほどではなかったものの、気がつけば遠くから黒板の字が見えにくくなっていたことを母親に話し、買ってもらったという成り行きだったと記憶している。

かけたり外したりが目に最も良くないとのことで、昨日まで何もしていなかったがある日を境に突然フルタイムメガネに変わった中学生が出現したことになる。本人的には床屋に行った翌日どころの騒ぎではないディープインパクトであったことと推測する(周りはさほど気にかけないとしても)。

最近聞いた姉達の話によると、その日母が『本人初めてのメガネがヘンじゃないかすごく気にしてるから、ゼッタイにからかっちゃダメよ』と僕のいない場所で彼女らに強く念押ししたのだと言う。

思春期の僕はたしかにメンタルが不安定だったので、そのアドバイスは効果てきめんだったに違いないのだが、まさか30年経ってからそんな想いやりエピソードを聞くとは思わなかった。

その母と父に、今週末会いに行く。

伝えられるうちにありがとうをたくさん言わないとと思う。

2018年3月16日金曜日

曇天の朝

今日朝一発目の面談は、少しナーバスな内容の客先訪問だった。僕と同僚の足取りは決して軽いものではなかった。10時アポに向けて会社を出た僕達は、丸ノ内線、銀座線と地下鉄を乗り継いで虎ノ門駅を目指した。

9時台の車内は相当混んでいて、とくに銀座線の混雑はかなりなものであった。悪いことにあの路線は右に左にと出口が変わるから、その度に民族大移動みたいな混乱が発生するのに乗客は皆辟易としていた。

そんな中、虎ノ門駅に着いて我々が降りようとした時、事件は起こった。

外国人のビジネスマン風の男性が、一人乗っていたのだが、その彼が一旦降りて道を開けることをせず、逆に車内奥の方へと逆行する動きをしていて、我々はその横を通り過ぎて降りたのだけれど、背後で怒声が聞こえてきたのだ。

『さっさと降りろよコノヤロウ!!!』

かなり大きな、怒鳴り声だった。
それを受けて振り向いた外国人の彼の悲しそうに驚いた顔は、忘れられない。

海外で暮らすことは、それだけで大変なことなのだ。わからないことだらけで、日常生活を送るだけで見えないストレスが蓄積するのだ。そんな彼にわざわざ投げなくても良い礫を投げるその非情な所業に、強い寂しさを感じた。

怒鳴った人は、道を譲るのが当たり前のマナーと言いたいのだろうか。でも、当人に悪気があってのことかどうかは、見ればわかるものだ。発言者が自らのストレス発散に充てたとしか見えない行いだったと思う。


これから臨む面談へのナーバスさを膨らませぬよう、僕らふたりはそのことを互いに話すことはせず、曇天の下会場への道を進んだ。

2018年3月10日土曜日

お掃除の平川さん

武井様、いつもありがとうございます。平川

朝出勤すると、そんなメッセージの入った紙包みが僕の机の上においてあった。平川さんとは僕らのオフィスを清掃してくれている方のお名前だ。包みを開けると中にはLupiciaの缶入り緑茶が2つ入っている。はてお礼されるようなことは、何一つしていないが。。。

朝7時台に出社していると、無人の事務所で掃除機をかけてくれている平川さんに月に3~4回程度だろうか、出くわすことがあって、僕たちはその都度世間話をする仲になっていた。お孫さんが居るくらいの感じの年格好で、とても小柄な女性なのだけれど、寒い日も朝早くから一人でテキパキと仕事をこなす姿に、僕は尊敬の念を抱いたのだった。

話すことは彼女のお仕事の内容だったり、ご家族のお話だったり。ゴミ捨てという力仕事も含め、8階建てのビル全てを担当しているということが驚きだった。特に盛り上がったのは、僕が自分の姓を名乗ったとき、平川さんの妹さんが嫁いだ先が同じ武井姓っていうトピックだったりした。

それにしても出し抜けに贈り物とはなんでだろう。嬉しいのだけれど、戸惑った。しかも僕は毎朝温かい緑茶を急須で飲むことが習慣で、それだけではなく通勤時には象印の水筒に温かい緑茶を入れて電車の中や通勤直後のオフィスで飲むことを常としているから、その贈り物はドンピシャだった。銘柄は嬉野と八女で、最近の僕の九州茶ブームにもシンクロしていたので、尚の事驚きだったというのもある。

毎日会えるわけではないので、すぐにお礼をしたくてもなかなか出来ない日が続いた。1週間経っただろうか、いつもの様に朝早く出社すると、まだ無人のオフィスの給湯コーナーで物音がした。あ、居るなと思い声をかけると振り向いたのは別の女性だった。

「あ・・・」

その瞬間、僕は悟った。
何らかの事情で、彼女はこの職場を去ったのだと。
あれはお別れの品物だったのだ。
でもそれじゃぁお礼が出来ないじゃないか。。。なんてこったい。

初めて顔を合わせたその新しい清掃スタッフの方を前に、僕は一瞬固まったもののすぐに気を取り直して、「おはようございます、あの、平川さんは・・・」と聞いた。「ああ、彼女はお休みで、私は今日だけ代わりです。何か伝えましょうか?」とのことで一転、僕は大いに安堵した。「武井と言います、ありがとうと伝えてください」として数日後の今朝、今度はホンモノの平川さんとトイレで会えた。

この前は素敵な贈り物をありがとうございます、僕が緑茶好きだとか言いましたっけ?しかも九州で本当に嬉しかったんですよと言うと、「あらやだ、人からの貰い物なんですよ、すみませんねぇ」などと彼女。「生徒さんがくれたものでアレなんですけど、よかったらと思ってね」と説明するではありませんか。

生徒?

平川さんセンセイなんですか?と聞けば、お茶の師範なのだという。「年金だけじゃね、ほら足りないでしょ、だからこのお仕事もして、お茶も教えてるんですよ、ボケ防止にもなりますからね」なんて照れ隠しの様なことを言っている。だからどことなく上品な風情をお持ちだったのかと合点がいった。

慌てて掃除の手袋のままで携帯を取り出して、生徒さんとの写真を見せてくれる。あ、携帯が汚れ・・・、あ、でもプロフェッショナルな手袋だから着脱の方が大変そうだとか、色々と考えているうちに会話のキャッチボールが弾み、そろそろ彼女のお仕事の差支えになるくらいの時間が過ぎたので、改めてお礼して別れた。いやはや平川さんがセンセイだったなんて驚いた。別れた後、そう言えば結局なんの贈り物だったのかは聞けなかったとか、自分から聞く様なものでもないよなとか思ったりなんかして。

今日、ちょうど息子がお返しに渡す用のクッキーを新宿で買い求める機会があったので、一緒に平川さん用にお返しのクッキーを仕込んで会社の机に仕舞っておいた。来週渡せるのはホワイトデーが過ぎた後かもしれないけれど、ワクワクしてその時を待とうと思う。

2018年2月2日金曜日

男性器考

「男性より女性の方が、実は男性器を見慣れているのではないか?」
という仮説である。

幸いにも帰国してからも運動習慣は続いていて、仕事前にジムで走ったり泳いだりしてから出社するルーティンが継続できている。それは良いのだけれど、問題はエクササイズの後のスパエリアと更衣室での光景である。

新宿駅ほど近くのそのジムに通う男性は、30~60代の勤め人風の方が多く、メインは40代後半の層と言えそうだ。それらの人々が、一汗かいたあと何も身に着けずに風呂にむかっていたり、真っ裸でドライヤーで髪を乾かしたりしている訳なのだ。自分は男性で、しかも自分にも付いているわけなのだけれど、朝から何本もの男性器とご対面するのは、正直あまり気持ちの良いものではない。どころか、曲がり角でぬっとそれに出くわすと、相当ビックリしてしまう自分がいる。

自分が下段のロッカーに物を出し入れするために腰をかがめているときに、上段ロッカー利用者のイチモツが自分の目の高さに来たりしたら、もうそれはホラーに近い。というか直視はしない。したくないのだ。なのだけれど、内心、品定めもしてみたかったりする。ふわっと遠目で観察している感じでは、かなりのバラつきがあって、顔や身体と同じで、人それぞれだなぁ、みたいなレベルでは、実は把握していたりする。それでも、いつまで経ってもヒトのイチモツには慣れることがなさそうだ。

ここで最初の仮説に戻るのである。

毎朝妙な気持ちでロッカールームを後にしつつ思うのが、『アレと目の前で対峙する機会が多いのは、実は女性の方だよなぁ』ということ。男性は、下段ロッカーを使わない限り(笑)、ヤツを近距離で目の当りにすることはないからである。寧ろ顔を近づけ異常に接近するのは女性の方ではないか?という大発見をしたという話。心底、だからどうしたなのである。