2018年3月10日土曜日

お掃除の平川さん

武井様、いつもありがとうございます。平川

朝出勤すると、そんなメッセージの入った紙包みが僕の机の上においてあった。平川さんとは僕らのオフィスを清掃してくれている方のお名前だ。包みを開けると中にはLupiciaの缶入り緑茶が2つ入っている。はてお礼されるようなことは、何一つしていないが。。。

朝7時台に出社していると、無人の事務所で掃除機をかけてくれている平川さんに月に3~4回程度だろうか、出くわすことがあって、僕たちはその都度世間話をする仲になっていた。お孫さんが居るくらいの感じの年格好で、とても小柄な女性なのだけれど、寒い日も朝早くから一人でテキパキと仕事をこなす姿に、僕は尊敬の念を抱いたのだった。

話すことは彼女のお仕事の内容だったり、ご家族のお話だったり。ゴミ捨てという力仕事も含め、8階建てのビル全てを担当しているということが驚きだった。特に盛り上がったのは、僕が自分の姓を名乗ったとき、平川さんの妹さんが嫁いだ先が同じ武井姓っていうトピックだったりした。

それにしても出し抜けに贈り物とはなんでだろう。嬉しいのだけれど、戸惑った。しかも僕は毎朝温かい緑茶を急須で飲むことが習慣で、それだけではなく通勤時には象印の水筒に温かい緑茶を入れて電車の中や通勤直後のオフィスで飲むことを常としているから、その贈り物はドンピシャだった。銘柄は嬉野と八女で、最近の僕の九州茶ブームにもシンクロしていたので、尚の事驚きだったというのもある。

毎日会えるわけではないので、すぐにお礼をしたくてもなかなか出来ない日が続いた。1週間経っただろうか、いつもの様に朝早く出社すると、まだ無人のオフィスの給湯コーナーで物音がした。あ、居るなと思い声をかけると振り向いたのは別の女性だった。

「あ・・・」

その瞬間、僕は悟った。
何らかの事情で、彼女はこの職場を去ったのだと。
あれはお別れの品物だったのだ。
でもそれじゃぁお礼が出来ないじゃないか。。。なんてこったい。

初めて顔を合わせたその新しい清掃スタッフの方を前に、僕は一瞬固まったもののすぐに気を取り直して、「おはようございます、あの、平川さんは・・・」と聞いた。「ああ、彼女はお休みで、私は今日だけ代わりです。何か伝えましょうか?」とのことで一転、僕は大いに安堵した。「武井と言います、ありがとうと伝えてください」として数日後の今朝、今度はホンモノの平川さんとトイレで会えた。

この前は素敵な贈り物をありがとうございます、僕が緑茶好きだとか言いましたっけ?しかも九州で本当に嬉しかったんですよと言うと、「あらやだ、人からの貰い物なんですよ、すみませんねぇ」などと彼女。「生徒さんがくれたものでアレなんですけど、よかったらと思ってね」と説明するではありませんか。

生徒?

平川さんセンセイなんですか?と聞けば、お茶の師範なのだという。「年金だけじゃね、ほら足りないでしょ、だからこのお仕事もして、お茶も教えてるんですよ、ボケ防止にもなりますからね」なんて照れ隠しの様なことを言っている。だからどことなく上品な風情をお持ちだったのかと合点がいった。

慌てて掃除の手袋のままで携帯を取り出して、生徒さんとの写真を見せてくれる。あ、携帯が汚れ・・・、あ、でもプロフェッショナルな手袋だから着脱の方が大変そうだとか、色々と考えているうちに会話のキャッチボールが弾み、そろそろ彼女のお仕事の差支えになるくらいの時間が過ぎたので、改めてお礼して別れた。いやはや平川さんがセンセイだったなんて驚いた。別れた後、そう言えば結局なんの贈り物だったのかは聞けなかったとか、自分から聞く様なものでもないよなとか思ったりなんかして。

今日、ちょうど息子がお返しに渡す用のクッキーを新宿で買い求める機会があったので、一緒に平川さん用にお返しのクッキーを仕込んで会社の机に仕舞っておいた。来週渡せるのはホワイトデーが過ぎた後かもしれないけれど、ワクワクしてその時を待とうと思う。

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