自分は今まで、「応援」というものの力を信じたことがなかった。
もちろん、声の限りを尽くして仲間を応援して来た。だけど、それはチームスポーツや学校のクラスであれば当然のことであって、応援は活動の一部ではあったものの、そこで期待できる効果は『本来出せる力が毀損しない』程度のパワーしかないとでも思っていた節が、自分にはある。
それが大きく覆された体験をしたという話をこれから書こうと思う。
昨年12月3日に、湘南国際マラソンに参加した時の話である。
◾️人生三度目のフルマラソン
エントリーした湘南国際2023は人生において三度目のフルマラソン。準備の仕方もある程度把握できていた。日頃走っている活動に加えて大会3ヶ月前から逆算して20kmや30kmといった長距離走も計画的に取り入れ、装備やエイドについても万端に準備して当日を迎えた。
スタートから入れ込みすぎない様にをこころがけ、混雑の中でも焦らず、ゆったり目のペースで序盤は大過なく走れた。中盤、私の大好きなういろうが大会公式エイドとして一口サイズで提供されていたりしてテンションが上がった。自分で用意していたエイドも想定通りのタイミングで補給することが出来、苦しいながらもなんとか30km地点に到達した。
◾️いわゆる30kmのカベ
そこから次第に気温が上昇し、向かい風がキツくなり始め35km地点あたりで様子が一変した。突然両足の膝から下が痛くなり、歩かざるを得ない状況が訪れたのである。なんとか自分の感覚をダマして身体に鞭打ってみても、足が全く上がらず、数百メートル走っては止まって歩いてを繰り返すという、最悪の状況が訪れた。
過去2回のマラソンも30km以降はいずれも辛かったけれど、これほどまでに痛くキツい状況になったのは初めてであり、頭と心が動揺した。フィニッシュまでにはまだ7kmあるのにこんなに足が痛くなってこの先どうなるんだ?と。このまま歩いてフィニッシュまでノロノロと行くのだろうか。せっかく3〜4ヶ月かけて準備したのに、なんてザマだと情けない自分に落胆していた。1年に一度の楽しみにしていたイベントなのに、納得の行かないフィニッシュを迎える虚しさで、心底ガッカリしていた。それでも身体は言うことを聞かない。全く足が上がらないのである。
そこから5km程度だろうか、歩いたり止まったりゆっくり走ろうとしてみたりを繰り返して最後の折り返し地点(西湘二宮IC=39.6km地点)を過ぎ200mほど走ったあたりだろうか、自分が今まで走って来た反対側の車線に大きな声を上げながら走ってくる赤シャツ集団を発見したのは。
◾️謎の赤シャツ軍団
男女合わせて7〜8人だろうか、同じ赤いシャツを着てペースメーカーの様な走り慣れたスタイルの一団が、周りに声をかけながら走っている。曰く、『まだまだ行けますよ!』『あと少し、ペース上げられる!』『がんばりましょう、諦めないで!』などなどそれぞれのメンバーが、周りの一般ランナーに声をかけながら走っているではないか。それにつられた元々は無関係の人々だろう、装いやゼッケンナンバーもバラバラの人々がグループに加わっている。その集団は赤シャツ軍団を核に、50名ほどに膨れ上がっていて、その登場はレース後半の間延びした一角に突如現れた疾風の如しであった。
私は対岸で起こっていたその事象を目の端に留めつつ、そのチア・アップも耳に聞き留めながらも、どこか他人事としてそれを聞き流していた。とにかく両足が重く、全く言うことを聞かないのだから。しかしその集団も折り返し地点を周り、自分の後ろに迫って来ることになる。一度は遠ざかった赤シャツ声援も、次第にボリュームが上がり、私も赤シャツとその他一行の集団に飲み込まれた。
『そんなもんじゃないはずww!』
『ゴールはすぐそこですよ』
口々に赤シャツの爽やかな男女が、笑いも誘いながら周りを盛り上げている。私は思う。誠にありがたいことなんだけど、足が言うことを聞かないんですごめんなさい。しかしこうも思う。いったいこの人達は何が楽しくてこんなにありがたい活動をしているのだろうと。なにしろものすごく爽やかなのだ。多くの人が自分のことだけで精一杯なこのフルマラソンという舞台で、他人を鼓舞出来る方々っていったいどんな人々なのだろう?などとぐるぐると考えていた私に飛び込んできた言葉があった。
『自分を信じて!』
その集団が私を飲み込んで通過し終わる時に、ある一人の赤シャツの方が、私の目を覗き込んでこう言ったのだった。その方は私の横を通り過ぎるときに明確に、私個人にそう言ってくれたのである。いや正確には、そう言われた様な気がしただけかもしれない。
◾️自分を信じること
この時、イナズマが自分を貫いた気がした。
自分を信じて・・・か。
確かにこの数キロ、足が痛くなってから、心の中で情けない自分をけなしてばかりいた。
このまま不満な結果で終わることによって、準備期間に充てた時間やらワクワクしていた自分やらを裏切ることになるから、残念な気持ちで帰りの電車に乗ることになる結果を予見して、勝手に心底ガッカリしていた。
確かにそこには自分を信じる気持ちはなかった。
イナズマ後5秒くらいそう反省すると、「いっちょやってみるか!このままじゃなんか自分が可哀想だ」という考えが急に浮上したのである。
試みにペースを上げてみる。
といよりも、ほぼ歩いていたので、走ってみる。
痛みを感じない。
なぜか痛みが消え去っている。
いける。
さらにペースを上げる。
30km以前のペースはおろか、それより速く走れている自分が現れた。
痛みは無い。
気がつけば一度抜き去られた赤シャツ集団の中に自分はいた。
もう、赤シャツの皆さんの応援の声は聞こえなくなっていた。自分を信じて、自分で自分を応援する声が、頭の中を占めていた。がんばれ俺。
そのままの勢いで集団を抜き去りひとり走る。自分、悪く無い。痛みも復活して来ない。このままペースを上げ続けて、どうやらこの魔法にかかったままフィニッシュラインを切ることが出来そうだ。
あと1kmの看板通過。
痛みは来ない。このまま行く。
感動で涙が出始めた。こんなことってある?
会場の大磯ロングビーチ入り口は上り坂だがペースは落とさない。他のどの競技者よりも早いペースで、坂を駆け上る。そして泣いている。感動と感謝が、全身を貫いている。
ありがとう。
応援をありがとう。
こんなことってあるんですね。
応援がこんなにもパワーになることが、この世に存在するんですね。
赤シャツのみなさん、目を覗き込んで『自分を信じて!』を言ってくれた方、本当にありがとう。
でもなんで痛みが消えたんですか、教えてください。
そんな頭の中のまま、気がついたら号泣していて、そしてフィニッシュしていた。
後からフィニッシュゾーンに着いた赤シャツの方に感謝の気持ちを伝えに行ったのだが、号泣していたのでコトバにならなかった。我ながら気持ち悪かったと思う(笑)
以上、47歳で人生初めて魔法にかかった体験をしたという話。
子供達にそういう世界があるのだと言うことを、伝えていきたいと思う。
みなさんにもこんな体験、ありますか?